戦後の混乱

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2008-10-25

 はてなブックマークで人気だったので、
全力でマジレスしたがる男の人ってこんな会話がしたいんだと思うの
というエントリを読みました。

 以下、あまり趣味のいい話題でもないので。

嫁「少年犯罪じゃないけど、津山事件とか、東南海地震とか、軍部の意向で隠蔽されたし」


 という部分を読み、そうか、津山事件は隠蔽されていたのか……津山事件と言えば「八つ墓村」だけれど、当時横溝はどうやって津山事件のことを知ったのだろう。岡山に疎開している時に誰かがこっそり教えてくれたのだろうか……と思い、とりあえずWikipediaを見てみると、「報道管制が敷かれたという事実はなかった」という記述が(Wikipediaに書かれている事件の詳細があまりに凄惨なのでリンクは張りません。確認したい方は「津山事件」の項をご参照ください)。

 ええと。どっちが本当だろう。Wikipediaの通りだとすれば報道で知って、その後詳細を調べたのでしょうか。

 と思って、横溝が事件について知った経緯を調べていたら、日々平穏というブログのこの記事のコメント欄にこんな情報が。

 昭和22年か23年頃、岡山市のデパートで地元新聞社の主催する「防犯展覧会」で、なんとその通称“津山事件”の世にも凄惨な現場写真が陳列されていて、これには流石の横溝正史氏もびっくりしたとか。いくらモノクロとはいえ、銃殺もしくは斬殺された血みどろの遺体写真が、これでもかこれでもかと延々並んでるんですからねぇ。戦後の混乱期だからこそ可能だったことだろうと横溝氏も随筆に書いてました。確かに、今だと人権問題ですよね。


 ううむむむ。戦後の混乱の物凄さを感じさせるエピソードではあります。

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